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東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)68号 判決

原告 岡戸公子

右訴訟代理人弁護士 辻洋一

被告 埼玉県選挙管理委員会

右代表者委員長 緒方孝三郎

右指定代理人 石山一男

〈ほか二名〉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

原告は「昭和四八年一一月一一日執行された越谷市長選挙及び越谷市議会議員補欠選挙において、その選挙の効力に関し申立てられた異議申立を却下する旨の越谷市選挙管理委員会の決定に対する審査の申立に対し、被告が昭和四九年三月二日付をもってこれを棄却した裁決を取り消す。右選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二、主張

(請求の原因)

一、(一)、原告は昭和四八年一一月一一日執行された越谷市の市長選挙(以下単に市長選挙という)及び越谷市議会議員補欠選挙(以下単に補欠選挙という)において選挙人であった。

(二)、市長選挙においては黒田重晴(越谷・明るい革新市政をつくる会)、島村慎市郎(明るい住みよい越谷をつくる市民の会)の両名が立候補し、選挙が行われたが、越谷市選挙管理委員会は開票の結果、黒田重晴は三六三三四票、島村慎市郎は二七三〇五票の有効投票を得たとして、黒田重晴を当選と定めその旨告示した。

(三)、補欠選挙(定員四名)においては、坂本成子(社会党)、藤浪照成(無所属)、黒田清康(無所属)、松沢勇(共産党)、八木下金次(無所属)の五名が各立候補し、選挙が行われたが、越谷市選挙管理委員会は開票の結果、坂本成子は二一九一八票、藤浪照成は一二五五六票、黒田清康は一一〇七九票、松沢勇九二九四票、八木下金次は七二九八票の有効投票を得たとして、坂本成子、藤浪照成、黒田清康、松沢勇の四名を当選と定め、その旨告示した。

(四)、原告は右各選挙が無効である旨主張して、昭和四八年一一月一七日越谷市選挙管理委員会に対し異議の申出をなしたところ同委員会は同年一二月七日申出棄却の決定をしたので、原告は更に同年一二月一〇日被告に対し審査の申出をなしたが、被告は昭和四九年三月二日申出を棄却する議決をなし、同月四日その裁決書を原告に交付した。

二、しかしながら市長選挙及び補欠選挙(以下両者を示す場合単に本件選挙という)には次のような管理執行上の規定違反及び、選挙の自由、公正を著しく没却する行為があった。

(一)、(管理執行上の規定違反)

1、本件選挙期日の告示は昭和四八年一一月一日に行われ、市長選挙における確認団体として、黒田重晴候補については「越谷・明るい革新市政をつくる会」が、島村慎市郎候補については「明るく住みよい越谷をつくる会」が各々その届出をなした。

2、(1)、しかるに、日本社会党はその機関紙である「社会新報」に昭和四八年一一月九日、越谷特集と題して市長候補黒田重晴、市議候補坂本しげ子(社会党所属)の氏名、写真を一面に掲載して報道し、これを越谷市内に無差別に宅配して頒布した。

(2)、社会党は市長選挙については確認団体ではなかったのであるから、公職選挙法二〇一条の一四、一項によって市長選挙について報道、評論を右期日にはなしえなかったのにこれをなして右規定に違反した。

(3)、補欠選挙に関しては、通常の新聞紙として同法一四八条の規則に服すべきところ、同条二項には「通常の方法による頒布」と定められているのに、これに違反して通常の方法でない無償で、無差別に、通常の部数を越えて頒布したものである。

3、(1)、新埼玉社はその発行する新聞「新埼玉」を、

(イ)、昭和四八年一一月四日に、その一面に市議候補松沢いさむ(共産党所属)の顔写真と氏名を、二面に同候補と黒田重晴候補の写真を掲載して報道し、

(ロ)、同月六日に松沢いさむ候補の氏名と談話を掲載して報道し、

(ハ)、同月六日に同候補の氏名と活動状況を掲載して報道し、

(ニ)、同月八日に同候補及び右黒田候補の写真、氏名を掲載して報道し、

各々、号外として越谷市内に無差別に宅配して頒布した。

(2)、これは、「新埼玉」を「通常の方法で頒布」することにあたらない無償、不特定読者、通常を上回る発行部数で各々頒布したものであって公職選挙法一四八条二項に違反するものである。

4、右3、(1)(イ)の「新埼玉」は原告宅にも配布されたものであるが、これを見て原告の代理人として岡戸光雄が同月四日、これを持参して越谷市選挙管理委員会におもむき、右「新埼玉」は公選法に違反しているのでないかと抗議したところ、当時、越谷市選挙管理委員会事務局次長と称する矢嶋茂重がこれに応対し、右「新埼玉」は公選法に違反したものでない旨答えて「新埼玉」をコピーしたにとゞまり、右岡戸光雄がこの件に関して如何なる処置をしたか連絡してほしい旨、再三依頼したが、同選挙管理委員会はこれについて何等の処置をもとらずに放置した。

5、(1)、右岡戸光雄は越谷市選挙管理委員会が何等の処置も、連絡もしなかったため、やむを得ず同月四日、越谷警察署に電話して善処を依頼し、右「新埼玉」を同署に郵送した。

(2)、さらに同月八日、右3、(1)(ロ)(ハ)(ニ)を直接同署へ持参して抗議したところ、同署では選挙違反を一つだけとりあげて動くことはできない旨答え、何等の処置をとらずにこれを放置した。

6、右4、の同選挙管理委員会の処置は公職選挙法六条一項の、選挙に際し選挙違反等の事項を選挙人に周知させなければならないとの規定に反するものである。

(1)、すなわち同選挙管理委員会は右「新埼玉」が公職選挙法に違反しないと誤まって返答したが、右「周知」が選挙管理委員会の積極的な行為のみならず、本件のように個々の選挙人の選挙違反についての問い合わせに対する返答も「周知」の一方法であると解すべきであるから、同選挙管理委員会の返答は右六条一項に違反したものである。

(2)、さらに、右岡戸光雄が本件に関して何等かの処置をしたかを連絡してくれるよう再三依頼したにもかゝわらず漫然これを放置したのも右「周知」を怠ったというべきである。

7、右5の越谷警察署の処置については、選挙の管理執行が取締規定について除外する趣旨ではないと解すべきであるから、同警察署が公職選挙法に違反する新聞の交付をうけながら何等の処置をもとらなかったのは公職選挙法七条に違反するものである。

(二)、(直接の明文に反しないが選挙の自由、公正を著しく害する管理執行)

かりに公職選挙法六条一項、同法七条が効力規定でないとしても、右(一)4、5、の選挙管理委員会、警察官の行為は明文の規定には反しないが選挙の自由、公正を著しく害する行為である。

すなわち、選挙期日の告示から選挙期日までの間、印刷物による選挙運動は特に厳しい規制が同法で定められている。これは印刷物による選挙運動は選挙人に与える影響が強固であり、これを放置するならば選挙運動はその影響力の強固さに頼んで印刷物合戦に流れ、最終的には資金力が選挙の帰趨を決定する弊害があるからである。とするならば選挙の管理執行の任にあたる機関は印刷物による選挙違反について、迅速で適切な処置をとることが公職選挙法上要請されているもの(このことは、右機関が選挙違反を積極的に取締る権限を有しないということと矛盾するものではない。)と解すべきであって、本件の右処置のように選挙候補者の一方的宣伝に類する印刷物を或は違反でないとして、漫然、放置するのは選挙の自由、公正を著しく害する行為というべきである。

(三)、(選挙の自由、公正を著しく没却する行為)

右(一)2、3、の「社会新報」、「新埼玉」が違法に頒布された事実は選挙無効原因たる選挙の自由、公正を著しく没却する行為に該当する。

1、(被告がなした裁決理由との関係)

(1)、被告は、裁決理由中で候補者や選挙運動者等の選挙の取締規定ないし罰則規定違反の如き違法行為は違反者の処罰でその規定事項の遵守を期待しているのであって、選挙無効原因とはならないと述べている。

(2)、しかしながら公職選挙法二〇五条一項の「選挙の規定に違反することがあるとき」とあるのは選挙の任にあたる機関の行為のみを対象として限定する根拠がない。限定の理由として取締規定違反行為は罰則規定によってその遵守を期待していると述べているが、取締規定の遵守を最も期待しうるのは違反行為があった場合に当該選挙を無効とすることであって、罰則規定があるというのは限定の理由にならない。

(3)、些細な取締規定違反については「選挙の結果に異動を及ぼす虞」が考えられないから選挙の無効を主張する意味はない。従って取締規定違反が選挙無効原因となることを容認した判例(大審院・昭和二二年四月一日判決、最高裁判所昭和三七年三月一五日判決、東京高等裁判所昭和三六年六月三〇日判決)もその違反行為が選挙の自由、公正を著しく没却する程度のものであることを要求しているのである。

(4)、選挙の管理執行上の区々たる手続規定違反と、広汎に取締規定違反が公然と行われた場合といずれを無効原因の爼上にのせる要請が強いかを比較すれば帰結はあきらかである。

2、(本件選挙における自由、公正の没却された程度)

(1)、公職選挙法一四章の三は政党、政治団体について選挙運動を公認し、無所属候補者よりも有利に選挙活動を行わせると共に選挙活動の規制をも行っている。本章の趣旨は、国、地方公共団体の統治、運営において、政党、政治団体の果たす役割の重要性を認めて、その選挙における運動の保護を規制をなしたものであり、政党、政治団体の選挙運動は個人の選挙運動と異って、特に政党の場合、その運動は公的色彩の濃いものである。

さらに政党はその組織力、資金力からして、その違法な選挙運動を放置すれば、広汎な影響力によって容易に選挙の自由、公正を歪曲するであろうことは想像に難くない。

本件選挙において「社会新報」が前記の如く、同法二〇一条の一四の一項に違反して公然と頒布されたのは、本件選挙の自由、公正を阻害したものである。

更に前記「新埼玉」も政治団体であるとの推認を受けるものであってその影響力は大きい。

(2)、市長選挙に関して、「社会新報」及び「新埼玉」の外には無差別に頒布された機関紙、新聞はなかったものであるから、取締規定違反行為が一方的に黒田重晴候補側に片寄っていたものである。

(3)、「社会新報」、「新埼玉」の記載内容は選挙の報道、評論というよりむしろ一方的な候補者の宣伝であり、実質的には文書、図画に類似のもので、公職選挙法一四八条が意図する言論の自由の保障を機能させる要請は希薄である。

(4)、公職選挙法で印刷物の頒布が厳しくその規制をうけている現状で、公職選挙法規定外の印刷物を頒布すれば、選挙人に与える影響は多大である。

(5)、以上の諸点を総合すれば本件選挙における取締規定違反は選挙の自由、公正を著しく没却するものであった。

三、(選挙の結果に異動を及ぼす虞)

以上の選挙の規定違反は結果に異動を及ぼす虞があった場合に該当する。

(一)、(本件政党機関紙、新聞紙の影響)

特定候補者の宣伝を主目的に記載された印刷物が選挙人各宅に配布された場合、選挙人の選挙についての知識は多くはその特定候補についてのみのものとなる。その影響は確認団体が頒布する法定ビラとは比較にならない程候補者を印象づける。このような印刷物が一方的に五種類にのぼって頒布されたなら、その選挙の結果の帰趨は明らかである。

(二)、(選挙の管理、執行機関の行為の影響)

仮りに前記「新埼玉」が昭和四八年一一月四日頒布され、岡戸光雄が越谷市選挙管理委員会に抗議におもむいた段階で、同選挙管理委員会が適切な処置をとっていたなら、これに後続する「新埼玉」、「社会新報」はその頒布に慎重にならざるを得ないものであるから、同選挙委員会の行為は選挙の結果に与えた影響は甚大である。

前記越谷警察署の行為も全く右と同様である。

(三)、(1)、市長選挙に関しては約九千票の大差がついたが、これについて「もともと保守の強い地盤だった越谷市で、これだけの大差で勝ったのは革新陣営にとってもうれしい誤算だった」(昭和四八年一一月一三日付朝日新聞)と評されている程であって、選挙前は接戦を予想されていたものであった。

(2)、補欠選挙に関しては松沢いさむ候補(共産党)は昭和四七年末の総選挙における同党の得票数が五千八百票であったもので、苦戦を予想されていたものであった。

四、(結論)

よって本件選挙は無効であり、原告の主張を斥けた原裁決は違法であり取消を免れないから、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

(請求原因に対する被告の答弁)

一、請求原因第一項は認める。

二、同第二項のうち(一)1は認める。(一)2から5までと(一)6(2)については不知、その余の主張は争う。

三、同第三項、第四項は争う。

(被告の主張)

一、原告は本件選挙には管理執行上の規定違反及び選挙の自由公正を著しく没却する行為があったと主張するが、いずれも認めることはできない。

(一)、日本社会党の機関紙である「社会新報」及び新埼玉社が発行する新聞「新埼玉」が、いかに頒布されたか、また、本件選挙を管理する越谷市選挙管理委員会(以下「市委員会」という。)が、原告の代理人である岡戸光雄の抗議に対していかなる処置をとったか知るところではないが、原告の主張するように市委員会の処置が公職選挙法(以下「法」という。)第六条第一項の規定に違反したと認めることはできない。すなわち、法第六条第一項は訓示規定であり、また、法に違反するかどうかについてその頒布方法等の実態が不明確なまま違反であると断定することはできないのであり、原告の主張事実をもって、市委員会の処置が法第六条第一項の規定の趣旨に反したということはできない。

また、越谷警察署が何らの処置をとらなかったことは、法第七条に違反すると主張するが、法第七条は、取締機関の選挙の取締に関する規定の公正な執行義務を規定しているものであるが、原告の主張事実をもってただちに法第七条に違反すると即断することはできない。

(二)、次に、原告は、法第六条第一項及び法第七条が効力規定でないとしても、市委員会、警察官の行為は、選挙の自由公正を著しく害する行為であると主張するが、かりに取締規定に違反する行為があったとしても、市委員会にはこれを積極的に取締る権限を有しないものと解すべきであるから、市委員会が何ら処置をとらなかったとしても、選挙の自由と公正を著しく害する管理執行をしたということはできない。なお、警察官のとった処置については、関知してない。

(三)、原告は、「社会新報」及び「新埼玉」が頒布された事実は、選挙無効原因たる選挙の自由公正を著しく没却する行為に該当すると主張するが、選挙が無効とされるのは、公職選挙法第二〇五条第一項により、選挙が選挙の規定に違反して行われ、その規定違反によって選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある場合に限られるのである。そして、「選挙の規定に違反することがあるとき」とは、選挙管理の任にあたる機関が、選挙の管理執行の手続に関する規定に違反したとき若しくは直接明文の規定には触れないが、選挙法の基本理念たる選挙の自由公正を著しく阻害するような管理執行をしたときを指すものであって、候補者や選挙運動者が選挙運動の取締規定に違反した場合を含むものではないと解されている。つまり、かかる違法行為がある場合、法はその違反者を処罰することによってその規定事項の遵守を期待しているのであって、その違法行為のために選挙を無効とし再選挙を行うことを趣旨とするためではないと解されているからである。したがって、原告の主張事実が、かりに違法行為であっても、法第二〇五条第一項の規定にいう選挙の規定に違反するものでないから、選挙の無効原因にはならないというべきである。

二、原告は、その主張する事実が選挙の規定に違反するものであり、その規定違反が本件選挙に異動を及ぼすおそれがあった場合に該当すると主張するが、その主張事実が法第二〇五条第一項の規定にいう選挙の規定違反にあたらない以上、本件選挙の結果についての影響を論ずるまでもないが、原告の結果に異動を及ぼしたとする主張は、選挙人が頒布された機関紙及び新聞によって影響を受け投票したという証拠はないのであるから、単なる推測にすぎないものというべきである。

三、以上のとおり、原告の主張事由は、いずれも選挙の無効原因に該当せず、本訴請求は理由がないから棄却されるべきである。

第三、立証≪省略≫

理由

請求原因第一項(一)ないし(四)の各事実は当事者間に争いがない。

そこで、右市長選挙および市議会議員補欠選挙(以下両者を示す場合単に本件選挙という)が無効であるとの原告の主張事由について判断する。

本件選挙期日の告示が昭和四八年一一月一日になされたことは当事者間に争がないところ、≪証拠省略≫によれば、原告は、次の各新聞紙すなわち①新埼玉社発行の昭和四八年一一月四日付新聞「新埼玉」(市議会議員候補者松沢いさむの氏名、写真を掲載してあるもの)、②同年同月六日付の「新埼玉」(右松沢候補の氏名と談話を掲載してあるもの)、③右同日付の「新埼玉」(右松沢候補の氏名と活動状況を掲載してあるもの)、④同年同月八日付の「新埼玉」(右松沢候補および市長候補者黒田重晴の氏名、写真を掲載してあるもの)、⑤日本社会党中央機関紙局発行の同年同月九日付機関紙「社会新報」(右黒田候補および市議会議員候補者坂本しげ子の氏名、写真を掲載してあるもの)、以上計五部の新聞紙がいずれもその発行日の朝、原告方に各配達されているのを発見し、いずれも原告の購読していないものであり又近隣にも同様に配達されている様子であったので、原告の夫である岡戸光雄が、まず越谷市選挙管理委員会に対し、右①の新聞紙の配達された当日これを持参して赴き、同新聞紙の配布は公職選挙法違反の選挙運動ではないかと抗議して善処方を要望したうえこの件につき同委員会が如何なる措置をとったかを後刻知らせて欲しい旨依頼し、次いで越谷警察署に対し、右同日電話で右同旨の抗議と要望をなすとともに右①の新聞紙を郵送し、同月八日には右②③④の各新聞紙を同警察署に持参して右同旨の抗議と要望をなしたこと、これに対し、越谷市選挙管理委員会は、右のような案件の申出があったことを警察へ通報するとともに、県選挙管理委員会(被告)の意見も徴して検討した結果、この新聞紙の頒布の規模、態様等の実情を確認しうる十分な資料がないので公職選挙法違反であるとは直ちに認めがたいとの結論に達したこと、尤も右結論を原告ないし光雄に通知することはしなかったこと、また越谷警察署においても、光雄の前記申入に基づき捜査をした結果、越谷市選挙管理委員会の右結論とほぼ同様の否定的結論に達したこと、以上のように認めることができ、この認定に反する証拠はない。

そして、公職選挙法第二〇五条にいう「選挙の規定に反することがあるとき」とは、原則として、選挙の管理執行機関が選挙の管理執行の手続に関する規定に違反したとき若しくは直接明文の規定には触れないが選挙法令の基本理念たる自由、公正の原則を著しく阻害するような管理執行をしたときを指すものと解されるところ、原告はまず、越谷市選挙管理委員会が岡戸光雄に対し前記「新埼玉」(①記載)は公職選挙法に違反しないと誤って返答した旨主張するが、右事実を認めるに足る証拠はない。次に原告は、越谷市選挙管理委員会が申出の案件に関し如何なる措置をとったかを申出人たる原告ないし光雄に通知しなかったのは同法第六条第一項の「選挙違反その他選挙に関し必要と認める事項を選挙人に周知させなければならない」との規定に違反する旨主張する。しかし、右規定は選挙に関する効力規定とは解されないので、越谷市選挙管理委員会が原告の夫光雄の申出にかかる選挙違反に関する案件につき前示認定のような否定的結論に達したことを原告ないし光雄に通知しなかったとしても、これをもって選挙無効の原因たる選挙の規定違反に当るものということはできない。更に原告は、選挙の管理執行機関には印刷物による選挙違反について迅速適切な措置をとるべき義務があるものと前提して、前示認定のような否定的結論をとるに至った越谷市選挙管理委員会の所為は選挙の自由公正を著しく害するものである旨主張する。しかし、選挙管理委員会はもともと選挙違反に関する具体的案件につき当該行為が違法であるか否かの審査判断をなすべき義務も権限もなく違反行為を取締るべき地位にはないのであるから、越谷市選挙管理委員会の右所為を目して選挙の自由、公正を著しく阻害する管理執行であるということは到底できない。

また原告は、越谷警察署が原告の夫光雄の申出にかかる選挙違反の案件につき前示認定のような否定的結論をとるに至った職務行為を目して、公職選挙法第七条の「警察官は選挙の取締に関する規定を公正に執行しなければならない」との規定に違反し若しくは選挙の自由公正を著しく阻害したものである旨主張する。しかし、同警察署警察官の右職務行為につき不公正の存在をうかがうに足る証拠はないのみならず、右職務行為はもとより選挙違反の取締に関することであって選挙の管理執行行為ではないから、右職務行為を目して同法第二〇五条にいう選挙の規定に違反するものということはできない。

更に原告は、前示①ないし⑤の各新聞紙の配布は違法な選挙運動であって選挙無効の原因たる選挙の自由公正を著しく没却する行為に該当する旨主張する。しかし、違法な選挙運動の事実があってもそれだけで直ちに選挙が無効とされるのではなく、その違法行為が全般的にかつ組織的に行なわれて全地域にわたり選挙人の自由かつ公正な投票が到底期待できなかったと認められる情況が存したときに初めて選挙無効の原因となりうるにすぎないものと解されるところ、本件選挙について右のような情況が存したと認めるに足る証拠はないから、右主張は採用できない。

以上の次第で、本件選挙の無効であることを主張する原告の本訴請求は理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩野徹 裁判官 中島一郎 桜井敏雄)

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